カール・ツースビーが描いた夢

エコーの創業者、カール・ツースビーには「自分の靴工場を持ちビジネスを始める」という夢がありました。彼は若くして靴職人の修行に励み、30代前半にはコペンハーゲンで工場長を任されるまでになっていました。しかし、彼は思い描いていた「自分のビジネスを始める」という夢をあきらめきれず、ついに工場長という安定した職を捨てる決意を固めました。家を売り払い、ドイツとの国境に程近いデンマーク南部のブレデブロと言う町に移り住み、彼の妻ブライトと5歳の娘ハンニと共に小さな家を借り、一面の農地の中にたたずむ空っぽの工場を購入したのです。これがエコーの第一歩でした。

ビジネスをはじめた当初は苦難を重ねたものの、カール・ツースビーは彼の夢への決心を着々と固めました。“革新的な靴を作りたい”という情熱の実現に向けて、ツースビーと志を同じくする少人数の仲間とともに数々の革新的な商品と草分け的な靴の製造方法を創出しました。それまで靴は伝統的に「足を靴に合わせる」という考え方に基づいて作られていたところに、彼は「靴は足に合わせて作られるべきである」というイノベーションを起こした最初の靴職人となったのです。1970年代に入ると「足に合わせた」機能的で快適なエコーシューズが発売され、それは瞬く間にヒット商品となったのです。

カール・ツースビーはその長いキャリアを通じて、彼自身はもちろん従業員、サプライヤーあるいは顧客への挑戦が尽きることはありませんでした。ひとつの工程をもっと良く、より早く、他とは違うやり方でできないかを考え続けました。違うアプローチ、違うアイデアをいくつも試し、常に改善・前進を求め続けました。特に「決して妥協しない意思」「目的を達成するための強い決意」という姿勢は徐々にエコーのカルチャーとなり、現在も受け継がれています。一方で彼はビジネスの原点である“最も重要なのは靴の品質である”ことを常に最優先に考えていました。それこそが、彼の心に描いた夢に他ならなかったのです。

今日のエコー

1963年4月、たった16人の従業員で始まったエコーは、現在約20, 000人のグループメンバーと世界約90カ国でビジネスを展開するグローバル企業にまで成長しました。エコーが中堅サイズのファミリー企業でありながら、強固な経営基盤を有するグローバル企業にまで成長できたのは、ひとえにエコーの商品が世界中で求められているからなのです。お客様がエコーシューズに求めるものは、品質はもちろん、スタイリッシュなコンフォートシューズとして想像を超えた履き心地を提供していることです。エコーのシューズはその期待に応え続け、今日に至るまで大きな信頼を築いてきました。また、私たちのビジネスは従業員なくして語ることはできません。職人の技術や、忠誠心を持ち一生懸命働くスタッフなくしてエコーのシューズをお客様の手元に届けることは叶わないのです。さらに、その大切な従業員が単なるビジネスの構成員にならないよう最大限の努力を尽くしています。私たちのオフィスは家族の様な一体感を作り出すと同時に、高いレベルの仕事に対する充実感を維持してもらえるよう、上質の生涯学習コースやキャリアプラン、更なる挑戦の場を提供しています。しかしながらそれ以前に、私たちは最高の商品を作り出す靴職人の集まりであることを決して忘れることはありません。 お客様にはエコーは最良の品質基準をもった、履き心地が良く見た目もスタイリッシュで、かつそれに見合った価格帯で提供する靴ブランドとして信頼を寄せていただきたいのです。エコーはまさに真なるプレミアムブランドとして常に進化を続けているのです。