1963年 創業

カール・ツースビーはデンマークの南部にあるブレデブロという小さな町の空き工場を買い取り、『ヴィーナス』と言う名称でレディースファッションシューズの製造を開始しました。

1969年 エコーブランドの誕生

主力商品の『ヴィーナス』と言う名称がドイツの商標権に触れる可能性があったため、カール・ツースビーは新たな会社の名前を検討せざるを得なくなりました。熟慮の末、彼は世界中で発音しやすく親しみやすい名前として“エコー”を選びました。エコーブランド誕生の瞬間です。

1972年 『エコー オリンピック』発売

本社デンマークの隣国ドイツでのミュンヘン五輪を記念して、『エコー オリンピック』というモデルを発売しました。

1978年 『エコー ジョーク』発売開始

カール・ツースビーは旧来の伝統を打ち破り、「靴は足に合わせて作られるべきである」という新しいコンセプトを体現した靴を発売しました。このコンセプトはその後『エコー フリー』『エコー タイム』へと続き、コンフォートシューズとしてのエコーブランド向上に大きく寄与しました。

1980年 先進テクノロジーの導入

エコーはデンマークでいち早くドイツ製のハイテク製造機器であるデスマの導入に踏み切りました。 デスマは高品質なエコーシューズの安定した供給に大いに貢献し、この年『エコー ジョーク』は100万足の販売を記録しました。

1981年 『エコー ソフト』発売開始

次世代のエコーシューズ『ソフト』は爆発的なヒット商品となり、『エコー ソフト』および後継モデルは30年にわたり未だに人気を博しています。また、『エコー ジョーク』は200万足の販売を記録し、エコーの人気は不動のものとなりました。

1984年 ポルトガルでシューズ生産開始

エコーは海外で初の自社シューズ工場をポルトガルに建設し、生産を開始しました。最初の従業員となった1,200人は1日18,000足の靴を製造しました。

1990年 エコーUSA設立

当初、アメリカでのエコー販売は現地の代理店に委託していました。1990年、販売の拡大に伴いエコーは現地法人を立ち上げ、単一市場としては最大のマーケットに成長させました。

1991年 インドネシアで自社タナリーの稼動開始

エコーはシューズ向けの高品質なアッパー素材を安定供給するために、インドネシアに自社所有のタナリー(革なめし工場)とビームハウス(なめしの前工程を行う工場)を設立しました。これに伴って現地の潤沢な原皮の供給を受けることができるようになり、革の安定供給を支える拠点となっています。また、程なくして靴の製造を開始し、今日ではエコー最大の工場として約7,000人の従業員が働いています。

1992年 『エコー トラック2』発売開始

『トラック2』は発売から20年以上が経過した現在でもその後継モデルは未だにメンズカテゴリーのトップセラーの一つです。 ※『トラック2』は現在販売していません。

1993年 タイでシューズとレザー生産開始

インドネシア工場の稼動からわずか3年で、エコーシューズの供給が追いつかない状態となりました。そこで新たにシューズ工場とタナリー(革なめし工場)をタイに建設することを決めました。現在では年間500万足が生産され、世界中のファンに届けられています。

1994年 トゥナーにデザインセンターを建設

カール・ツースビーとその義理の息子、ディーター・カプチャーはデンマーク南部トゥナーの元農業学校を購入し、会議とトレーニング拠点となるエコーセンターを設けました。そして同センター内に研究開発センターを建設したことで、アメリカではこの年を“エコー元年”と名づけたほどです。さらに本国デンマークでは直営店舗展開を始めました。

1996年 ロンドンに初のフラッグシップストア開店

歴史的にはエコーは卸売りの会社でした。しかしエコーは直営店舗を展開するという大いに意義のある挑戦を決断し、最初のフラッグシップストアをロンドンのオックスフォードストリートに開きました。このストアは今日まで最も多くエコーシューズを販売しています。この開店を機に、エコーは着実に世界中に直営店を増やしています。さらに、エコーは自社ウェブサイトecco.comをインターネット上に立ち上げました。

1998年 スロバキア生産開始、ツースビーが騎士勲章を受勲

エコー商品の消費シェアは3分の2がヨーロッパ内で占められており、ヨーロッパ内に生産拠点が必要と判断したエコーはスロバキアに工場を新設しました。この新設によってエコーは商品供給のリードタイムを大幅に削減し、ヨーロッパ内での物流効率が大幅に改善しました。また、この年にはデンマーク女王マルグレーテ2世よりカール・ツースビーにダネブロー騎士勲章が授与されました。

2001年 エコー アジアパシフィック設立

21世紀に入り、エコーは新しい市場としてアジアに着目し、香港にアジアパシフィック本部を新設しました。今日エコーアジアパシフィックはアジア地域15カ国に600店舗以上を展開し、エコーをアジアで最も有名なコンフォートシューズブランドと認知されるよう活動しています。

2003年 『エコー シャーク』発売開始

エコーが新しい取り組みを止めることはありません。斬新なデザインを施した『シャーク』などはその一例です。エコーのデザイナーは既成概念に捉われることなく、エコーシューズの可能性を限界まで押し上げているのです。※現在は販売していません。

2004年 新たなテクノロジー、そして継承

この年、エコーが誇るダイレクトインジェクション製法による画期的なスポーツシューズを新たに発売しました。一方で悲しいことに、偉大なる創業者カール・ツースビーの逝去を受け入れなくてはなりませんでした。後継として彼の娘であるハンニ・ツースビー・カプチャーがオーナー兼監査委員会会長に就任し、娘婿のディータ・カプチャーがCEOに指名されました。

2005年 廈門(中国)での生産開始

カール・ツースビーは中国の廈門(アモイ)工場建設の決定に際して「エコーは中国に安い靴を作りに行くのではない」と宣言していました。ツースビーは中国の従業員が必ず高品質なシューズを作ることができると確信していたと同時に、中国が世界で最大のシューズ市場になることを予見していたのです。

2008年 廈門タナリー稼動開始

エコーは廈門(アモイ)のシューズ工場に併設するタナリーを増設しました。この建設には旧態依然としていた工場内の配置と運営方法を打ち壊すことをも意図して建設されました。タナリーオープンの際には、サステナビリティと言う点において世界で最も進んだタナリーとされました。

2009年 『エコー バイオム』発表

エコーはドイツのケルン・スポーツ大学との数年間に渡る密接な共同開発により、より人間の足の動きに近づく概念を持った革新的なランニングシューズを誕生させました。『バイオム』と名づけられたそのシューズは瞬く間に愛好者の心をつかみました。

2010年 『エコー ゴルフストリート』発表

エコーはランニングシューズに次いで、1996年より展開していたゴルフシューズにも革新を起こしました。エコー初のスパイクレスシューズ『ゴルフストリート』の発売です。この年、エコーはゴルフシューズブランドで世界第4位へ躍進を遂げました。

2011年 『エコー スカルプチュア』発表、そして1,000店舗到達

ついに、エコーはレディースのドレスシューズにもダイレクトインジェクション製法を採用した『スカルプチュア』コレクションを発表しました。また、アメリカ、ミネソタ州ミネアポリスに記念すべき1,000店舗目をオープンしました。

2012年 『エコー スカルプチュア65』発売開始、『エコー バイオム』アウトドアアワード受賞

エコーは前年の話題をさらった『スカルプチュア』コレクションをさらに改良し、「“スマイル”コンフォートハイヒール、誕生」というコピーと共に 6.5センチヒールの『スカルプチュア65』を発表しました。また、『バイオム ハイク』『バイオム ライト』が2012年スカンジナビアン・アウトドアアワードを受賞(『バイオム ハイク』は2013年も連続受賞)しました。

2013年 創業50周年記念

「靴作り一筋に歩んだ50年をどうやってお祝いしようか?」 「決まっているじゃないか、最高の履き心地の靴を作るのさ!」- こうして『エコーマインド』は誕生しました。エコーデザインの伝統をエレガントに表現したこのシューズからは、エコーのコンセプトを最初に体現した『ジョーク』はもちろん、エコーの象徴ともいえる『タイム』や『フリー』などのベストセラーシューズたちを彷彿させます。歴史を刻んだ名作は現在でも色褪せないのです。

そして現在・・・

エコーは2016年現在 世界約90カ国で展開し、約20,000人の従業員を有するグローバルカンパニーに成長しました。1963年の創業以来 靴の製造数は3億5,000万足を超え、より多くのお客様にその履き心地を体験していただきました。エコーはこれまでも、これからも「DESIGN FOLLOWS FUNCTION = 靴は足の機能に従うべきで、その逆ではない」という哲学に基づき より多くのお客様に最高の履き心地のシューズと最高の使い心地のレザーグッズをお届けしてまいります。